東京大学医学部附属病院
看護部長
武村 雪絵さん
病院長補佐として、看護とホスピタリティを担当していると伺いました。病院のホスピタリティとは何ですか?
看護職にとってなじみ深い言葉に言い換えるとすれば、「接遇」です。言葉遣いや礼儀などのマナーとはまた意味が異なります。当院では接遇を、患者さんとその家族が安心して医療を受けるための基盤だととらえています。患者さんや家族と速やかに信頼関係を築くことが、不安・困りごとを打ち明けていただくことや、私たち病院職員からの説明・提案を受け止めていただくことにつながります。だからこそ、病院の全職員で取り組む必要があります。
病院全体で、多職種で活動しているのですね。
そのとおりです。当院ではほかの国立大学病院に先駆け、2006年に接遇向上センターを立ち上げました。接遇向上を目指して、研修を開催したり、多職種で院内をラウンドして結果をフィードバックしたりしています。また、私たち職員同士の接遇も大切です。なぜなら、お互いに敬意と感謝の気持ちを持って働く日常から信頼関係が生まれ、スタッフ同士が互いに安心して提案し合い、確かめ合い、協力し合える関係になり、円滑なチーム医療につながるからです。医療における接遇は、診療の質向上やチーム医療の推進の基盤となる大切なものです。私たちが敬意と思いやりを持って接する相手というのは、病院で出会うすべての人なのです。
well-being(身体的、心理的、社会的に良好な状態)に通じていますね。
そうですね。看護部が目指す患者さんの「生命力を引き出す看護」を提供するには、看護師自身のwell-beingを大切にしなくてはなりません。well-beingには安心して働き、力を発揮できる環境が不可欠です。したがって職員同士のホスピタリティは、健やかに働ける環境づくりでもあります。
そうした取り組みの成果でしょうか、新人が働きやすい環境という理由で、志願者が多いと聞いています。
さまざまな働き方改革の成果もあって、安心して働き、成長できる環境という評価をいただいているのだと思います。実際に当院では、新人がどこに配属されても先輩看護師たちが本当にやさしく、温かく、新人看護師の成長を見守っています。
信頼できる先輩の存在が、新人の働きやすさにつながるのですね。
学生時代は学ぶことが本分ですが、看護師のスタートを切ったばかりの新人は、学ぶことと働くことを同時に実践していかなくてはなりません。それはきっと、入職前に想像していた以上に大変なことでしょう。ですから、信頼できる先輩がいること、安心して働ける環境があること、ここが自分の居場所だと実感できることが、新人看護師にとっては大事なことなのです。
貴院の教育支援体制は、手厚く細やかだという定評があります。
単なる看護の知識や技術の獲得ではなく、社会に貢献できる自律した看護専門職として、自己を成長させ続ける礎となる教育システムとして5段階のキャリアラダーシステムを導入しています。新人看護師はラダーのレベルⅠとして「基本的な看護手順に従い、必要に応じ助言を得て、看護を実践する(臨床看護実践能力)」「組織の一員としての自覚をもち、支援のもと、看護チームのメンバーとして行動する(組織的役割遂行能力)」「看護研究に興味をもつ(看護研究能力)」「助言を得て、専門職業人として、自らの動機付けにより学習行動を起こし、学習サイクルを継続する(自己教育力)」ことを目指します。研修はもちろん、日々の実践やカンファレンス、目標面接などあらゆる場面が学ぶ機会となります。
教育支援体制や方針などに変化はありますか?
現在のキャリアラダーシステムは、生涯学習の考えをとり入れ、2022年に刷新したものです。このラダーを活用して、一人ひとりの看護師が主体的に学習を継続しています。成長段階に応じて、自身が到達したい看護師像、身につけたい看護力に到達するために、自ら考えて積極的に取り組む姿勢が不可欠です。特に新人は、プリセプターやエルダーの支援を受けながら、学びの自主性と自律性を養って欲しいです。習得した知識や技術を駆使して患者さんに応じた看護を創造することは専門職の喜びですから。
貴院独自の「東大式新人受け入れ体制」とは、どのようなものですか?
指導係だけが新人を育成するのではなく、プリセプターやエルダー、教育フロア委員、看護師長、副看護師長、専任教育担当者、リエゾンナース、管理室それぞれの役割を明確化し、連携しながら新人を支援する体制です。新人が順調に職場に適応し、看護師として自信を持ち、チームの一員として能力を発揮できるようにサポートします。
成長の途上にある新人看護師について感じることはありますか?
新人看護師から「業務が忙しくて看護ができなかった」という声を聞くことがあります。しかし、どんな業務でもそれは看護です。そこには患者さんにとっての必然性があり、実際に一人ひとりの患者さんに応じて行っているでしょう。私たちの仕事一つひとつに意味があること、意味あるものに変えられることを忘れないで欲しいです。患者さんの変化、自分の成長に目を向けると、きっと看護の達成感を得られます。
最後に、看護師を目指す学生へのエールをお願いします。
看護は、心・体・頭のすべてを使って患者さんとかかわり、生きる力を引き出して患者さんの願いを叶えることができる、素晴らしい仕事です。この仕事を選んだ自分に自信を持ってください。もうすぐ新人看護師となる皆さんは、看護師としての土台を築くための教育支援体制に高い関心を持っているでしょう。安心して働ける環境、良い看護実践に触れながら学び、考え、成長できる環境が大切です。看護師として働く自分の未来を思い描きながら、より良い環境を探してください。
東京大学医学部附属病院
[住所]〒113-8655 東京都文京区本郷7-3-1
働きながら、看護の実践力を学び、伸ばしていくのが臨床看護師です。職場に適応し、看護の力を発揮できるように支援する体制が整っています。支援体制を活用し、自ら成長への歩みを進める自律した仲間を歓迎します。
Profile プロフィール
たけむら ゆきえ
1992年東京大学医学部保健学科卒業後、看護師として東大病院に入職、虎の門病院分院を経て大学院に進学。2006年東大病院副看護部長、2011年医科学研究所附属病院看護部長。2015年より東京大学にて教育と研究に従事。2022年4月より現職。