東京大学医学部附属病院
看護部長
武村 雪絵さん
患者さんの生命力を引き出す看護をするには、大切にしなければならない持論があると伺いました。
はい。それは看護師自身のwell-being(身体的、心理的、社会的に良好で満たされた状態)です。看護師の心身が健康であり、看護の誇りと喜びを持って働けることが、質の高い看護の提供を持続していく原動力になると確信しています。
全国的に問題になっている看護師のマンパワー不足は、well-beingの阻害要因になるのではないでしょうか。
当院では、それが看護師の存在の重要性を病院全体で再確認するきっかけとなりました。各診療科の医師たちが看護師たちと話し合い、どうしたら看護師がもっと働きやすくやりがいを感じられるようになるのか、ともに考えてくれました。くわえて新院長就任を機に、病院の理念と基本方針が見直され、働きやすい環境づくりが、病院全体の取り組みとして加速しています。
具体的に、看護部の働き方改革の例を教えてください。
職場の公平性を高めるための取り組みを行いました。
公平性とはどういったことですか。
例えば、子どもを持つ看護師とそうでない看護師の公平性です。出産・子育てなどで看護師としてのキャリアを中断しないように、当院ではさまざまな体制が整っています。産休・育休から職場に復帰するための研修プログラムもあり、復帰後は子育てのための時短勤務も選択できますし、院内保育園もあります。こうした背景もあり、現在約13%の看護職員が育児のために時短勤務を行っています。
通常勤務者は夜勤の負担が増したり、時短勤務者はそのことで心に負担を感じたりしそうですね。
そうですね。双方が負担を感じる状況でした。そこで、産休・育休中や時短勤務の職員も通常勤務の職員も、相互のwell-beingを尊重できる方法を模索しました。実は夜勤と日勤のくり返しは心身への負担が大きく、一定期間夜勤だけを担うほうが心身の健康には適しています。そこで、月交代で夜勤専従者を任命することにしました。その代わり、夜勤専従者は夜勤からのエネルギー回復のために休日を増やしました。4週8休のところにプラス4日、つまり4週12休としたのです。夜勤手当もアップするなど、処遇の改善もしました。
なるほど。どういう働き方を選択してもwell-beingが維持できるようにしたのですね。
課題はほかにもありますが、看護職全員のwell-beingを目指すのが基本方針です。患者さんへの看護にエネルギーを集中してほしいからです。
貴院の教育支援体制も手厚く細やかだという定評があります。
2022年から新しいキャリアラダーシステムを導入しました。看護は日々進化しています。その根底となるエビデンスも変化しています。エビデンスに基づいた看護を展開するためには、継続して自主的に学び続ける必要があります。キャリアラダーは、看護師一人ひとりが、自身のキャリアを自ら紡いでいくための指針として活用していくものです。
新人看護師は1年間かけてレベルⅠを取得するのですね。
看護実践と研修で、成長を支援します。特に看護実践では、プリセプターやエルダーを中心に、新人看護師が職場に適応し、着実に成長できるようにした「東大式新人受け入れ体制」も定着しているので、支援体制は整っています。しかし、成長の主役は新人看護師自身です。こういう看護をしたい、こんな看護師になりたいという目標を持ち、支援体制を活用して自ら成長しようと努力することが大事です。
看護研究活動など専門性を高める学びとともに、アウトプットも活発ですね。
はい。毎年大学院に進学する看護師も一定数いますが、こうした学びを支援しているのは、患者さんにより良い看護を提供するために、看護実践を革新していく力を身につけてほしいからです。院内でも、良い看護ができたとき、あるいはうまくいかなかったとき、その理由を考え、言語化し、明確な形にすることで新しい看護の創造につながります。新しいキャリアラダーでは、日々の看護実践から看護の知や力を可視化する研究にも取り組みます。東大大学院の先生たちにゼミ形式で学ぶプログラムも盛り込まれています。
入職志願者が増えていると聞きました。
働き方改革や新しいキャリアラダー導入などにくわえ、採用試験の形態を変えたこともその理由だと思います。出願にあたって、以前は人物紹介状などを要するいわゆる他己紹介でしたが、エントリーシートによる自己紹介方式に切り替えました。自分の言葉で強みや弱みなどを記述してもらいます。また、ロールプレイをやめ、集団面接から個別面接に変えたことも大きいでしょう。以前よりも人となりを見て、どんな看護をしたいのかという思いを聞けるようになったと思います。
看護師としてのスタートには、どういう病院が良いのでしょうか。
良い看護を提供している病院です。質の高い看護を提供する現場が最高の教育環境である、というのが私の持論です。当院の面接時に実習や見学会で当院の看護師と接した学生から「看護師やその看護に触れて、患者さんのことを大切に考えた看護を実施していることに感銘を受けた」という志願理由を何度も聞きました。忙しい中でも看護師たちは患者さんに寄り添い、良質な看護を提供している!看護部長として、うれしかったです(笑顔)。
最後に貴院が求める新人看護師についてお聞かせください。
自分で自分のキャリアを磨いていける人、どんな経験でもそこから学べる人を、私たちの仲間として求めています。成長するための環境は整えてあります。看護師として、そして社会人として、豊かな人生を歩んでください。
東京大学医学部附属病院
[住所]〒113-8655 東京都文京区本郷7-3-1
大学や企業と連携し、テクノロジーの導入で看護の省力化ができないか模索中です。Society 5.0時代の「みて、触れて、考える看護」への進化を目指しています。
Profile プロフィール
たけむら ゆきえ
1992年東京大学医学部保健学科卒業後、看護師として東大病院に入職、虎の門病院分院を経て大学院に進学。2006年東大病院副看護部長、2011年医科学研究所附属病院看護部長。2015年より東京大学にて教育と研究に従事。2022年4月より現職。