> 日本大学医学部附属板橋病院(大森 啓吾さん、関谷 裕美さん) | 先輩看護師からのメッセージ 2019年度

THE LEADING NURSE

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救命救急センター(2016年入職)
大森 啓吾さん
群馬県出身 国際医療福祉大学卒業
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ER(2002年入職)
関谷 裕美さん
埼玉県出身 北里大学看護専門学校卒業

写真:大森 啓吾さん、関谷 裕美さん

普通なら4、5年かかるところを
救命センターでは1、2年で学び習得する。
短期で成長できるチャンスがある

独り立ちする時期は不安でいっぱい。
先輩方のフォローで今がある

関谷 私は昨年から、救急看護認定看護師としてERで患者さんのトリアージやスタッフ教育を、またバックアップ病棟では看護や教育を行っています。でもその前は、私も救命救急センターで14年間働いていました。大森君は、新人の頃はどうでしたか。
大森 学生のときから、高度医療の超急性期でさまざまな疾患の患者さんのケアがしたいと思い、救命救急センターを希望していたので、業務の大変さは覚悟していました。ただ実際に働いてみると、膨大な知識と迅速な対応が必要で、患者さんを前に立ち止まってしまうことも多かったですね。
関谷 私が大森君と一緒だったのは最初の1年だけで、しかも認定看護師として集合研修で教えることが多かったと思います。私は新人とプリセプターの両方を教育する立場でしたが、プリセプターのフォローや指導はどうでしたか。
大森 プリセプターにはいつもフォローし、支えてもらい、側についていてくれるだけで落ち着いて対応できました。むしろ独り立ちしたときが、一人の不安と責任の重さを感じ、精神面でとてもつらかったですね。ただ、そのときも先輩方が声をかけてくれ、病棟全体で新人をフォローしてくれているのがわかりました。

1年目を乗り越えられれば、
必ず2年、3年と続けられる

関谷 2年目からは後輩指導が求められ、3年目には指導者になります。人に教えるのは、教えてもらう側の10倍の知識が必要なので、今のうちにしっかり知識や技術を吸収しておいてください。
大森 関谷さんから最初に、「受け持ち患者さんの疾患について、勉強したことのノートを作りなさい。そうすればいろいろな疾患を勉強できるから」と言われました。1年目は余裕がなくてできなかったのですが、2年目に関谷さんの言葉を思い出し、今、ノートを作って勉強をしています。
関谷 私の言ったことを実践してくれて、とてもうれしいです。当センターでは多職種によるウォーキングカンファレンスを行い、看護師の意見もよく求められます。しかも医師が常駐しているので、医師と看護師の距離も近く、何でも質問できたり話し合えたりとチーム力もいいですよね。
大森 チーム力の良さと勉強の機会が多いという点が当センターの魅力だと思います。大変な1年目を何とか乗り越えられたら、2年目から自分の看護にも少し自信が持てるようになりました。これからは幅広い視野をもって、後輩をサポートできるようになりたいと思っています。
関谷 救命救急センターにいた頃、多くの後輩たちを見ていて、1年目を乗り越えられれば2年、3年と長く働くことができると感じました。一般病棟なら4、5年かけて学ぶことを、救命救急センターでは短期間でやらなくてはいけないので大変なことも多いと思います。とりあえず1年間は病院に来ることを課題にして、先輩に言われたことを一つひとつできるようにしていけば、必ず2年目はやってきます。大森君も1年目を乗り越えて見事に成長しているので、これからの活躍が楽しみですね。

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先輩に患者さんの状況を報告する。「多くの先輩に支えられたので、後輩を支えられる存在になりたい」と大森さん。
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ERのバックアップ病棟のベッドサイドで、バイタルチェックをする関谷さん。

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                初療室で受け入れ準備をする大森さん。「独り立ちの頃がつらかった」というが、今ではさまざまな業務を一人で着実にこなせるようになった。
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                救急ステーションでスタッフと点滴のダブルチェックを行う。スタッフの指導、教育も関谷さんの大切な役割だ。
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                医療連携センターでは、退院支援看護師が活躍中。
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                患者さんの立場に立った退院・転院支援を心がけている。

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