横浜みなとみらい地区に位置するけいゆう病院は、21診療科を備え、神奈川県広域から患者さんを受け入れている。看護部は、さまざまな患者さんのニーズにこたえるためには、「看護師を人としてしっかり育てることが不可欠」と考え、きめ細かな教育プログラムを実践している。
なかでも新人には手厚い支援が用意されている。看護部室主任の佐野博子さんは、「現場の業務がこなせるようになる時期には、個人差があります。一人ひとりの成長をじっくり見守るために、当院では2年間かけて一人前に育てるシステムをとっています」と話す。横浜名物の赤レンガ倉庫にちなみ、2年間のキャリアラダーを「赤レンガ方式」と呼んでいる。
具体的な新人支援の体制を見てみよう。2000年からプリセプターシップを採用しており、経験3年目の看護師が精神的支援に重きをおいて指導にあたっている。
「悩みなどを相談するには、年齢が近いほうが適していると考え、3?5年ほど先輩にあたるスタッフをプリセプターにしています。さらに、看護部からも私たち教育担当が現場に出向き、エビデンスに基づいた実践を見せたり、プリセプターシップそのものがうまく機能しているかどうかを見守ったりしています。新人を二重にサポートしているわけです」と佐野さん。
夜勤も、まずは先輩の勤務を見学することから始めて、徐々に慣れていけるように段階を踏む。
「見学を多く体験することによって、患者さんの夜間の状態、看護師の実際の業務、そして自分自身の健康や生活リズムの管理といった側面を把握・理解できるようになります。独り立ちする時期は個々によって異なり、状況を見ながら相談のうえで決めていきます」(佐野さん)
同院は、看護師のために臨床心理士を配属しており、新人はプリセプター、看護部スタッフ、さらに専門家による心のケアを受けられる。
「看護の喜びや奥深さを感じつつ成長していってほしいので、即、結果を求めるのではなく、長期的視点で人材育成を図っています」と、佐野さんは穏やかな笑顔で話してくれた。
宮城県出身、福島県立医科大学看護学部を卒業して同院に入職した木村智昭さんは、学生時代から横浜で働くことを決めていたそうだ。
「国際的なイメージがあり、社会人の第一歩を始めるのにふさわしい土地だと考えていました。横浜にある病院をいくつか見学しましたが、‘人としてしっかり育てる’という理念にひかれ、同院への就職を決めました」と話す木村さんは、学生時代に、音楽、スポーツ、旅行、アルバイトなど、いろいろなことを経験した。また、同じ医科大学で学ぶ医学生と話したり、交流したりする機会も多かった。そうした幅広い経験を生かしながら、看護師として成長していきたいと考えていたそうだ。
「看護に直結したことでなくても、何一つ無駄にはならないと言ってくださったのを聞いて、ここならやっていけそうだと感じました」
入職して外科病棟に勤務し、半年が過ぎたころには、ひと通りの業務ができるようになった木村さんだが、だからこそ「業務に追われるようになり、患者さん一人ひとりにゆっくり向き合う時間がない」と感じるようになった。
まずプリセプターにその思いを打ち明け、看護部スタッフも交えて相談した結果、担当の患者さんを減らしてもらうことで、時間にも気持ちにも余裕ができたという。
「困難に直面すると、速やかに対応してくれる看護部の体制には、本当に感謝していますし、安心感があります」と木村さん。初めて担当した患者さんが退院するときに、「お世話になったね、ありがとう。元気になったらいっしょに飲みに行こう」と渡してくれたお手紙を、今も大事に、ネームカードホルダーに入れて持ち歩いている。
行動計画を立てて仕事に臨む毎日だが、予期しないことが起きると予定が狂ってしまい、立て直しが難しくなってしまう現状もある。
「先輩方を見ていると、予測する力、特にアセスメント力と判断力がすばらしいと感じます。知識と経験を蓄積し、臨機応変に対応できる看護師になっていくことが現在の目標です」と話す。休日も、日々の振り返りを行うなど、まだまだ勉強の毎日だ。
佐野さんは、「新人は覚えることが多くて大変ですが、看護のおもしろさを実感する前に疲れ果ててしまうことは絶対に避けたいものです。できないことを指摘する前に、まずできるようになったことを褒め、十分に存在価値を認めたうえで、次の指導に移ることを心がけています。特に大卒の看護師は、知識の基礎はしっかりしていますから、それを実践にどう結びつけるかという部分を丁寧に指導していきます」と話す。
看護部が一丸となって、縁あって出会った大切な人材を、人間性豊かな一人前の看護師に育てていこうという、けいゆう病院の教育理念がうかがえた。

