明治39年に設立され、地元の人から「三井さん」と親しまれてきた三井記念病院。100年後の今日、民間病院ながらも大学病院と同様に臨床研修病院の指定を受けるほど、高度で先進的な医療と看護が、地元はもとより全国から高く評価されている。
昨年にオープンしたばかりの新病棟の19階、個室病棟で働く秋定育子さんは入職して3年目になる。日勤、夜勤のリーダー業務もこなすようになり、日々の看護に自信がついてきた。その自信の支えになっているのが、すでに3冊目となった「ポートフォリオ」だ。これは看護師が各自で目標を設定し、そこに向かって「できたこと」や、日々の看護に必要な情報や資料、先輩からもらったメッセージなどをファイルしていく。
「今年の目標は、昨年身につけた看護技術をさらに深め、臨床で応用できるようにすることです。たとえば、排便コントロールができない患者さんに、これまでは言われるままにケアしていましたが、今年は浣腸か腹部のマッサージか、しっかりアセスメントしてから指示を求めるようになりました」と秋定さん。ポートフォリオを管理することで、自己の課題が明確になり、自分で学ぶ力を身につけることができる。
秋定さんは患者さんからもらったメッセージや、師長が撮った看護業務の写真も、このファイルに入れている。「もちろん患者さんの同意を得て撮った写真ですが、患者さんの笑顔に癒されます。それに1年目と比べて、私の顔の表情がずいぶん明るくなったと思います」。
また看護部では、フィッシュ哲学を導入し、明るく楽しい職場にするための工夫を凝らしている。秋定さんのいる病棟でも、季節の飾り付けやスタッフの顔写真などが掲示されている。「患者さんのことを第一に考えたチームワークのいい病棟です」と語る秋定さんの表情には、4年目を迎える余裕が表れていた。
15階病棟(消化器外科、呼吸器外科、乳腺科)の大村ゆかりさんは、「最先端の医療技術や情報が集まる東京で仕事がしたかった」と、昨年の4月、九州の大学を卒業して同院に入職した。同院では新入職者に対し、1年間プリセプターがつき、日常の看護業務について、細かく指導し、サポートしている。
さらに、1年目の看護師には、看護技術チェックリストを用いて、こまかな技術一つひとつを確実なものにしている。同じ技術でもレベル1から4まであり、レベルが上がるにつれて、要求される技術や看護の視点も増える。
「苦手だった技術は保清ケアで、最初は時間内にきれいにすることばかり考えていて、患者さんの状態がしっかり把握できていませんでした。でも今では足浴なら、ベッド上がいいのかベッドサイドか、歩けるのであれば浴室がいいのか、いろいろ考えてケアできるようになりました」と大村さんは、苦手な技術をみごとに克服した。
最初はチェック項目の多さに驚いたという大村さんも、一つひとつクリアしていくことに、「今では達成感もあり面白い」と、早くもレベル4まで修了している技術も多い。それでも、「まだまだ未熟な点も多いので、初心を忘れずに、先輩のような観察力や洞察力を身につけたい」という大村さんの、先輩のケアを見つめる眼差しは熱い。
昨年1月にオープンした新病棟は、患者さんのことを第一に考えた看護の視点が随所に生かされている。たとえば、看護師がなるべく患者さんの近くにいられるようにナースサーバーを作り、日本初の自動蓄尿装置も設置した。電子カルテには科学的看護論にのっとった同院オリジナルのカルテが導入されている。
この科学的看護論に基づいた、同院の目指す創造的な看護について、金子八重子看護部長は次のように説明する。
「看護師として患者さんを見つめるとき、まず患者さんのその時の体と心と社会関係の事実を、時の流れを重ねながらよく観察し、全体像を描いて対象特性を把握します。そして発達段階、健康障害の種類、健康の段階、生活過程の特徴を示す4つのキーワードをつなげてみると、どのような看護が必要かが見えてきます。そして、そのなかの生命力を消耗させる条件や誘因を探り、本人が意欲的に回復や再発予防につなげる生活習慣を創り出すようかかわっていくことです」
また、同院が目指す教育とは、「育てるのではなく育つこと」。そのため、卒後7年間を一貫させた教育プログラムやポートフォリオ学習など、育つ環境が整えられている。さらに、フィッシュ哲学やワークライフバランスの考えなど、楽しい職場作りへの意欲も高い。こうした職場環境と、「1年目は看護の基礎をつくる時期。自分は必ず育つんだという意識を持ち、へこたれない看護師になりなさい」という金子看護部長のメッセージや看護に対する熱い思いにひかれて、入職を決めた看護師も多い。

